コロンビア15日目_その1

激怒。文章みだれてます。ソーリー。
ブラジルから「世界のインプロバイザーにインタビューしている」という人たちが来て、私にインタビューをしたいという。最初は気軽にOKしたものの、撮影側から説明がまったくなかったので、ちょっと不審に思った。通常ドキュメンタリー映画で人にインタビューする場合は、インタビューする前に、自分たちが何者で何をやろとしているのか、その映像が将来的にどのように使われるのかなどもきちんと説明するのがマナーだ。夫がドキュメンタリー映画を製作しているから、いかに相手を大事にしてインタビューすべきかは知っているつもりだ。(研究のインタビューも同じだし)

 違和感があったので「インタビューの前に説明してほしい」と言ったら、主催の彼女はとうとうと、自分がいかにすぐれた人間で、自分がやっていることがいかに素晴らしいことかを語った。「自分は修士でインプロを研究し、今はセカンドシティにスカラーシップで通っていて、自分は経験のあるインプロバイザーで」。その後、返された言葉は「あなたは私たちの何を知りたいの?」だった。激怒を抑えて質問する。あなたの研究のメソッドはなに?でもちゃんと説明できないじゃん!

インタビュー会場にはぎょうぎょうしくカメラが並んで、わたしが座るであろう椅子がセッティングされてある。でも申し訳ないけれど、このままカメラの前には立てないと思った。そして「申し訳ないけれど、わたしはみなさんのリサーチにふさわしい人物ではないと思う。わたしはインタビューを受けるのが心地よくない(unconfortable )から、ごめんなさい。わたしはインタビューを受けることはできない」と言って、その場を去った。

インプロやっている人たちだけではないだろうが「自分たちが正しいことやっている」と思い込んでいる人がけっこういる。この人はまさにそういう人。インプロだけじゃないだろうが、ドキュメンタリーを撮影したいと言ってくる人たちは、ただたんに「アジア人の珍しい顔を撮影できれば、インターナショナルな感じがする」という理由だけだったりする。ドイツでもイギリスでもそうだったよ。インプロフェスでもそういうところがあるよ。今回も同じ匂いを感じた。若いときは「取材してもらえる」ということだけで喜んでインタビューに応じたり、写真撮影を許可したけれど、その映像は彼らの自己満やコマーシャルのために使われただけだった。でも、もう、おばさんは、その手には乗らないよ。その取材がどこにも行き場がないってことを知っているからね。