「驚くほど生産性の高い人間になれる24の方法」 に対して、ちっぽけなわたしが感じたこと。
日本のビジネス業界のウェッブサイトで、
“驚くほど生産性の高い人間になれる24の方法”
という記事がもてはやされたことがあります。
元記事は、アメリカのウェッブサイト「フォーブズ」です。
http://www.forbes.com/sites/work-in-progress/2012/10/14/24-ways-to-be-uncommonly-productive-today/#42f03352a7c9
以下がその方法です。
「驚くほど生産性の高い人間になれる24の方法」
1. 1時間早く起きる。
2. 日曜の夜に1週間の計画を立てる。
3. 「NO」と言う。無視する。
自分が成し遂げようとしていることだけに集中する。
4. 家政婦を雇い、大事な時間を掃除などに費やすのをやめる。
5. 携帯電話のEメール機能をオフにする。
6. シンプルなTo Doリストを作り、
日々達成すべきことを3つだけリストアップする。
7. 1日の計画を、重要度順に立てる。
簡単なこと、些細なことは後回しにする。
8. とにかくミーティングを避ける。
どうしてもの場合は、1つだけ具体的な結果を得るようにする。
9. 1つ1つの会話の終わりには、次のステップが何かを
常に把握しておく。
10. Leechblock(Firefoxエクステンション)やNanny(Google Chrome)を
使って、ソーシャルメディアなどのサイトを使えない時間をつくる。
11. 1つのアクティビティに集中して取り組むため、
30分のインターバルでタイマーをセットし、
1分間の休憩を挟んで再度集中力を高める。
12. 2時間ごとに10〜20分の休憩をとり、
好きな曲を聴いて踊ったり、腕立て伏せをしたり、
外の空気を吸うなどする。
13. 自分自身に、「今からやろうとしていることは、
自分が達成したい目標に近づくステップになるか?」と尋ねる。
14. 自分が達成しようとしているものをしっかりと認識する。
15. 気力を高めるため、仕事中はアップテンポの音楽をかける。
16. 邪魔な思想はアイデア・ノートに書き込み、
1週間後にもう一度見直す。
17. 自分が何を達成したかを記録する。
18. 何が重要で何が重要でないかを理解する。
19. 先延ばしにするのをやめて、とにかくやる!
20. TVを捨てる。文字通り、庭に埋める。
21. インターネットをオフにする。書き物をしていたり、
何かを作成している場合は、オフラインの環境に身を置く。
22. 外注する。時間をかけて自分でやるよりも、
人に頼んで短時間で仕上げてもらう。
23. 「やるべき」ではなく「やる」と言う。
「やってみる、ではない。やるかやらないか、それだけだ」by ヨーダ
24. 電話に出ない。もし重要ならメッセージを残してくれるはず。
皆さんは、どうお感じになりましたか?
きっと著者がいいたかったことは、
「私たちは無駄なことばかりして、
やらなくてはならないことができていない」ということであり、
「無駄なことをせず、やらなくてはならないことをするように、自分を律する」
ということだったのではないかと思いました。
そこには
「生産性が高い」=「良いこと」という考え方が
ベースにあります。
私は、この24つの方法が
全くできていない自分に
「これでは成功できないかも〜!」
焦りました。
「今すぐに、1つでもいいから
24の方法を実行しなくては!」
しかし。
「ちょっとまてよ」という自分もいます。
何かがひっかかります。
簡単に「イエスアンド」できないなぁ〜。
正直言いまして、
ちょっと息苦しさを感じました。
それは以下の理由です。
?「○○しなくてはならない」という拘束感
?「生産的にならなくてはならない」という強迫観念さ
?「○○はしてはいけない」というネガティブな感情
?これらリストに挙げられている「生産的ではない」と
判断された行動に対する著者の嫌悪感。
?圧倒的な「個人主義」。
?「無駄」=「ダメなこと」という決めつけ。
このようなネガティブな理由から創られた方法を、
人間は生理的に、実行したいと思うでしょうか?
もちろん早起きしたり、
自分の人生の目標設定をして、
それを達成する。
それは素晴らしいことでしょう。
でも社会生活をすればすぐに分かることですが、
人生は無駄ばかりです。
ものごと計画通りいかない。
自分のやりたいことばかりではすまない。
無駄がたくさんある、
だらけた自分、面倒な他人がいる。
それは無視できない事実でもあります。
ご近所さんとのおつきあい。
子供の歩調に合わせて歩くこと
年老いた両親の愚痴を聞くこと。
高校時代の同級生との女子会。
ネットサーフィンしているうちに
思わぬサイトを見つけ、興奮すること。
くだらないテレビを見て、話のネタにすること。
やめられないポテトチップス。
先日わたしは、結婚指輪をなくしてしまい、
2日間ぐらい、そのことばかり考えて過ごしました。
(幸い見つかりましたが)
こんなことばかりが日常です(わたしの。苦笑)。
これらすべての無駄を「切り捨て」れば
幸せな人生になるのでしょうか?
それは、本当に現実的なのでしょうか?
そんなこと現実的にできるのでしょうか?
そして本当に
生産性が高いことは
良いことなのでしょうか?
そもそも
その生産性とは、
何のことを指しているのでしょうか??
私たちは、
いつまで
生産性や
効率性を
追い求め
続けるんでしょうか?
私は
毎日でなくてもいいけれど、
たまにはポテトチップスも食べたいなぁ〜。
と思うのです。
生産性の高さを求めること自体、
「きりつめる」感じで、
人間として窮屈だなぁ〜。
「無駄なコト」を
粛々とヤる楽しさも
人生の中に、残しておきたいのです。
むしろ、
それらを「イエスアンド」して、
その上で、考えたいのです。
生産性を求める仕事は
ロボットにやってもらえば
いいんじゃないかなぁと思うのです。
もっと遊び(ゆとり)の部分を増やして、
味わうことを大事にすれば、
一分がまるで永遠に続くかのような
そんな体験もできるのになぁ〜。
そんなことを思いました。
そして生産性の低いことがらにこそ
「発見」できることがらが
潜んでいるとも思うのです。
24の方法を実行しない私は、きっと
世の中で「生産性の低い人間」として
さげすまされる存在なのかもしれません。
そうだとしても、
「それはそれで、別にいいや」
とも思ってしまうのです。
皆さんは、どうお感じになりますか。
絹川友梨
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