目次:キヌガワぶろぐ

日々かんじたこと、かんがえたこと、ざっくばらんに書きつづっています。

ときに真面目に、ときにお馬鹿に、ときに重く、ときに軽く。

できるだけ飾らずにとおもっています。


地域に開かれた劇場のために〜アーティストとの連携を!

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「直接」ではなく「場」に対する貢献

この年齢になると「自分がどうするか」というよりも

自分という資質を使って、どのように社会に貢献していくかの方が

人生の悩み(?)となる。若い時には考えもしなかったけれど。

 

清水博先生は人生の師匠。

先生の「場の思想」は、迷える私にいつも「こっちだよ」というヒントをくださる。

 

今「与贈」を考えている。

自分はどのように「与贈」できるのだろうか。

 

例えば、私はたくさんのワークショップをしてきた。

インプロの面白さや、それを体験した人々の魅力が引き出され

それぞれがおもろい人生を過ごしてもらいたいと願って。

 

それは小さな活動でしかない。

そして時々虚しくなったりもする。

インプロの価値は、ヒトに宿る。

ヒトは移動する。歳をとる。

出会ったヒトたちのほとんどは、私の人生にちょっと関わって、

そして自分自身の人生のロードに従って離れていく。

 

大勢の人たちが「インプロ面白い」と思って私のもとを訪ね、

そして2度と訪れない。私は「場」を持っていないし、ヒトを囲い込むこともしたくないので、ヒトを引き止めることはしない。むしろそれぞれがそれぞれの人生の主人公として生きるべきだと思っている。

 

でもちょっと虚しくなることもあるのよね〜。

 

この悩みの解決のひとつのヒントとして、小山龍介さんがご自身のブログで書いておられた文章を目にした「直接的な贈与」ではなく、「〈場〉を経由した贈与」が負債感を小さくする

という文章である。

 

私はもしかしたら「直接的な贈与」をしてきたかもしれない。

そして<場>という概念を意識したことはなかった。

むしろわざと<場>を作らないようにしてきた。

 

しかし今後はもっと工夫できることがあるのではないかと思う。

なぜなら「自分の虚しさ」が、社会に貢献できることだとは思えないからだ。

 

なんらかの突破口。

なんらかの工夫。

なんらかのオモロイこと。

 

それらを考えていきたい。

そして行動に移す。

 

そんなことを考えています。

 

 

 

 

 

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ブログ更新しました。

ブログもメルマガも全く更新できずでしたが、いまフェイスブックに書き続けていたコメントだけは、ここに更新しました!写真も手元にあるものは付け加えました。

 

今いろいろ振り返りながら、次のことを考えています。

 

インプロの価値は「ヒト」に宿る

即興演劇の価値は「ヒト」に宿る。即興劇に出演したヒト、即興劇を学んだヒト、応用インプロのワークショップを受けたヒト。それらたくさんのヒトたちに価値が宿る。私には何も残らない。それでいい。それでいいのだ〜バカボンのパパなのだ。

2017シアスポの意義

以下は演劇大学連盟「シアタースポーツ」のパンフレットに掲載したものです。

 

2017年に芸術劇場で「即興演劇」が上演されることには大きな意味がある。ググれば1秒で世界中の情報が得られる時代。しかしそれは「誰か」の情報でしかない。血肉ある「我ら」の情報は、人々がひとつに集まり、分かち合うことでしか得ることはできない。その場が劇場である。

 ここで披露されるのは、人間にしかできないことだ(どう考えてもロボットにはできそうにない)。「指示」されるのではなく、自ら考え判断し表現する。仲間を助ける。湧き上がる衝動に従う。遊び心を持ち続ける。若者たちに即興演劇をする場を提供することは、将来への投資でもある。

 「シアタースポーツ」は、元ロイヤルコート劇場の演出家キース・ジョンストンによって考案され、世界中で上演されている。しかし日本ではまだ知られていない。日本では、台本があり演出家に指示されないと怖くて舞台に立てないという俳優が沢山いるし、そういう演劇でないと興行として成り立たないと考えられている。しかしそうだろうか。台本も演出ないスポーツのほうが多くの観客を動員しているのはなぜだろう(多ければいいということでもないが)。最後に「シアタースポーツ」を演目として認めてくださった演劇大学連盟と芸術劇場、私と一緒に冒険してくれた学生たち、ご来場くださったお客さまに深く感謝をします。